エッセイコーナー


JIS会員の皆様によるエッセイです。JISでは皆様からエッセイを募集しております。身辺雑記風のもの、旅行した時の印象、驚き、発見、アメリカ生活諸々全般のこと等、テーマは自由です。皆様ふるって御応募下さい。 

【七色の虹(三)・焼き物】 

‐太平洋子‐ 

サンディエゴに住んでいた頃、週末に家族でバルボア公園に遊びに行った時、偶々芸術村を訪れ、陶芸家が器を作っている所を見学した。二十八年前の事だ。その時以来、心の隅で焼き物の事がほんの少し気に掛かっていた。
八年近く前であろうか、新しい趣味を開拓するのも良いと考え、家の近くにあるグレンエコー焼き物教室に参加してみた。
娘は他州の大学で学んでいた。自由業の通訳の傍ら、生まれて初めて粘土と戯れた。土と遊ぶ楽しさを味わい、下手ながら自分で作った器を釜だしの日に見る喜びも知った。  
ゆっくり趣味に没頭できる、今の自分の人生に感謝の気持ちで一杯になった。母国へたまに遊びに行くとき、山口県の萩焼きをゆっくり見て回ったり、益子焼きを見たり、笠間焼きを専門にしている陶芸家にお会いしたりした。  
少しずつ、焼き物が我が家の住民になり、気が付くと居間にたくさん焼き物が並んでいた。
土、風、太陽、火、水など、自然をより身近に感じられる幸せ。地球上の粘土をいじる時の、感性が心の中をくすぐり、楽しい気持ちになる。  
焼き物は私の人生の香料だ。焼き物仲間と知り合いになり、人間関係も広まった。  

【七色の虹(二)・デジカメ】 

‐ 太平洋子‐ 

誕生日を強調しなくなって久しいが、他州に住む娘が仕事の休みを取って、私の誕生祝いに来てくれた。しかも、以前からほしいと思っていたデジタルカメラをプレゼント。 
娘が試しに使っている様子を見ていたので、娘が帰ってから輝くカメラを手に取ってみた。なんとか使い方が分かったので、早速野外に出て、花を主題に近くを散歩しながら写真を撮ってみた。 
始めに入っていたメモリースティックは容量が少なかったので、電子製品店に行き、最大容量のメモリースティックを購入した。128メガバイトなので、二時間近く、野草の花を見つけて写真を撮り続けたが、80メガバイトしか使わなかった。 しばらく、カメラと私が親しくなるまでは、練習の積もりで、何でも目にするものを写してみることにした。娘は、箱を開け、カメラを取り出すと、1,2時間で我が家の犬、ぷーちゃんを撮り、コンピューターの画面に易々と写し出していた。居間にあるテレビの画面にも、我々の写真、ぷーちゃん、古いアルバムから写し取った私の母の写真などを写し、「まるで、女優だね」と笑っていた。
林の中は紅葉も終わり近いので花はほとんどないが、注意深くみると、雑草の花が朝の光に輝いている。太陽の光線が葉を照らしているが、それを見ていると、とても平和な気持ちにしてくれるから不思議だ。野草の花にカメラを向けていると、蜂の存在を改めて意識した。
長年続けている散歩に、デジカメが加わり、新たな目で自然を見ている自分を発見、遊歩道、公園、住宅街などの散歩が一段と楽しみになった。  

【七色の虹(一)・自然遊歩道】 

‐太平洋子‐

幸運な事に, 我が家のすぐ近くに美しい自然遊歩道がある。夏は暑さを避け、早朝散歩をするようにしている。毎日とはいかないが、出来る日はすたすたと朝七時頃から歩き始め、気が乗れば片道一時間、往復軽く二時間位歩いている。
蝉の声、虫の歌、車の騒音、リスのささやき、人の声などが耳に入る。風が気持ち良く肌をなで、見上げると空の青さが心に染みる。歩けば歩くほど、心の中が清々しく、気持ちが上向きになる。
森林浴は体に良いとなにかの本で読んだ事がある。
家の近くは運良く、林の中に続く道で、日陰である上、十分森林浴を楽しむ事が出来る。
散歩中、頭の中を去来する考え。無視しても無視しても浮かんでくる思いなどもあるが、長く歩いている内に、思考が停止したり、思いがけずに良い考えが浮かんだりする。
道ばたの雑草の小さな花も、風に揺れている。夏でありながら、ふと秋のような涼しい風を感じた時の快感。自分も自然の一部だと感じる瞬間だ。白い雲、緑の木々。夏でも、ほんの少し紅葉が始まっている。最近は見ることの少ない、土。大地を踏みしめて歩いている自分という存在。 
すべてをいつの間にか忘れ、ただ歩いている私。その瞬間が好きだ。ロッククリーク川の独り言がふと耳に入る。兄と川遊びをした思い出が頭に浮かぶ。空、雲、風、林、鳥の声、リス、野うさぎなどに国籍はない。文化の違う国に住んいるという思いもふと脳裏から消えて、自然の一部である自分を嬉しく思う。

「揚子江紀行」

-千阪郁代-

毛沢東主義や文化革命も今は昔、今日日は犠牲者300人を超す新型肺炎禍中の中国。私どもワシントンエリアの有志11人、五千年の中国史に豊かな詩歌、絵画を生み、三国志の舞台であった長江(揚子江を今の人々はこう呼びます)をそのままの姿で見ておきたく、昨年10月末から10日間の旅をしました。中国政府は8年計画でこの河に巨大ダムを築き、「あばれ巨竜を制御し、中国家庭4分の1の電力を賄い、砂漠を緑地化」と胸をはります。しかし完成すると沿岸水位を200メートル押し上げ、中国の詩歌、世界に知られる墨絵の世界、それにもまして河と生きる数千の集落を永久に埋没させてしまいます。巨大ダム建設は今や豪華ショーの趣で、見物に世界から人が集まりますが、私たちは日本の文化にもとけ込んだ水墨画の世界を心魂に焼き付けて置きたいとの思いに駆られてワシントンを発ちました。11人11様の人生を生きてきた人達の団体旅行は、それ故に実に楽しいものとなりました。元気の源は食事です。私は8年前にも月並みな中国旅行致しましたが、期待の中華が「来る日も来る日も」となり、うんざりした経験があり、うるさ型11人に不満がたまらないかと心配したほどでしたが、苦になるどころか楽しみとなったのも気持ちの良い仲間意識が育ったせいかも知れません。軽い風邪、ちょっとした下痢程度で最後まで全員元気であったのは本当にラッキーです。北京から入りました。8年前とは別な街に来たのかと思うほど、第一に空港が超モダンです。厳しい寒気の前触れの中で英国風英語の達者な理知的なガイド、自称「山ちゃん」が迎えてくれて、その博学ぶりを発揮、2008年のオリンピックにむけた高速道路、高層ビル林立の世界を強調しますが、対照的な中国五千年を反映する天安門、「ラストエンペラー」の舞台紫禁城(故宮)、北方から漢民族を守った長城(万里の長城)がやはり北京のハイライト。映画では溥儀の座った椅子、そして歴代24人の皇帝のすわった座所のもつ迫力にはうるさ型11人も頭を垂れるほどに感慨深いものがありました。
万里の長城では、「前と違う」と驚くのですが「山ちゃん」曰く「ここだけでも登り口は三カ所」ということで納得、寒さにめげずかなりの所まで登り、勿論証明用の写真をとってまいりました。待望の長江、ここは豪華船「黄鶴号4日間クルーズ」。世界各地から集まった乗客一同たちとオリエンテーションが終わると、紹介された鉄人風シェフと弟子の造る中華料理、朝だけは欧風中華風混交のビュッフェで、昼夜は中華ですがあきさせません。重慶を出発し2日目から水墨画の世界、世界に聞こえた三峡地帯(三つの長い長い峡谷)を2日がかりでご馳走をたべ、好きな人はお 酒をのみながら通過してまいります。朝昼夕と峡谷の裂け目から射し込む明かりで微妙に変化する景観は歌舞伎の書き割りも真っ青。しかし沿岸の村落の多くは既に「故郷の廃屋」です。去った人々の気持ちを忖度するほどに人と歴史の悲哀に包まれます。人生酸いも甘いも噛み分けできたはずの11人、ものを言わなくなるほどの感動に浸り上海に向かいます。
中国の出口に選んだ上海は2日。最大の国際都市プラス中国現代化の見本市街はすさまじい活気に溢れ、ここのガイド呉(うー)さんは一度も海外に行かないのに、英語はネイティブはだし。両親を文化大革命で無くし、たった一人の兄者とは別々な地域に送られて育ったという大変な知識人です。つれづれに聞いた話の一つですが、彼女の家にも毛沢東の写真があり、これはどこの家にもあるのですが長い間にはぼろぼろになる。何度も直したり修正するのですが、最後には手がつけられない。しかし捨てるなどは滅相もないこととて、ベッドの下にしまったり、「いや偉い人だからそれは駄目」と家中でひっきりなしに置き場に悩み抜いたというのです。
8年ぶりでしたが、物価が8倍上がっています。人々の生活ぶりも、これはせいぜい4倍くらいは上がっているようですが、8倍というほどではない。であれば生活は2倍くらい苦しくなってしまう。それにしては活気のある、明るい若者達の存在はどういうことなのか、さまざまな印象にとりつかれた10日間でした。(2003.4.25)(ジャパン・アソシエイツ・トラベル社長)

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